昇進昇格試験の小論文は、出題に対する解答として書かなければなりません。まずは出題が何を要求しているのかを正確に把握したうえで、それに的確に対応しましょう。
①設問の要求に応える
課題の意図を読み取り損ねてしまっています。今回の課題をもう一度読み直してください。何を書け、と要求されていましたか?
さっぱりしたものを食べようと寿司を注文したのに、いくら高級松阪牛であろうと、こってりしたステーキを出されたらどんな客でも怒ります。同様に論作文では、いくら「いいこと」を書こうと、課題の要求に沿っていないことを書いてしまえば、その時点で採点対象外=0点なのです。
よく「仕事は出来るのに論作文では高評価を得られない」とお嘆きの方にお書きいただきますと、同様の間違いを見つけることが出来ます。つまり、「課題で何を問われているのか」「書いてはいけないことは何か」を二の次にし、とにかく「型にはまった文章」「どこかのお手本のような文章」を書こうとすることからくる間違いです。これは、大変よく見られる現象で、学生時代以来「一問一答型」「暗記型」の学習にあまりにも慣熟しすぎてしまいますと、TPOに応じた、論理的なものの考え方が出来なくなってしまうのです。
答案を書く前に、まず今述べた二点、すなわち「課題で何を問われているのか」「書いてはいけないことは何か」をよく考え、それに対してまっすぐ答えるようにしてください。「課題に正面から取組むこと」、「知ったかぶりをしないこと」は、論理的な文章を書くための大原則なのです。
実用文は、書きたいから書く場合もありますが、ほとんどは何らかの要求に応じて書くものです。それは具体的な業務の必要からであり、求めるのは所属組織の内外問わず、具体的な個人もしくは組織です。これら具体的な「何か」の要求を正しく理解し正しく応じねば、いかなる文章をどれほど大量に書こうと無意味です。定められた要求に応じることが、実用文で最も優先されるべき事項です。それを無視、あるいは軽視して、書きたいことを書けばどうなるか、今回の答案はその典型例と言って良いでしょう。
このような誤りは、実際の昇進試験の採点を請け負った際、実に多く目にします。いかに文章力があろうと知識を蓄えていようと、また普段の業務成績が良好であろうと、このような答案を書けば、書くたびに必ず不合格になります。なぜか? それは第一に、文章として要求に応じていないからであることは言うまでもありません。しかしこと昇進試験という範疇に限るならば、書き手が協業に向いていないことの証拠になるからです。
その理由は、要求されたことに従わず、好きなことを書くからです。独立の職人・芸術家ならともかく、サラリーマンはどこまで行っても組織の一部です。従って、周囲との協調、相互の情報交換(いわゆる「ホウ・レン・ソウ」)は義務なのですが、これができないことを文章で示したならば、すなわちその書き手はサラリーマンとして失格であるということを意味します。
いわゆる平職員でさえ、この有様です。ましてや人を管理し、統制するべき管理職の意識が、他者不在であったらどうなるでしょうか。言うまでもなく、こうした人物は、管理職として登用すべきでないという判断になりますし、それは所属する組織にとって当たり前の論理です。
今回の問いは何だったでしょうか。そして読み手は誰を想定していたでしょうか。厳しい言い方で恐縮ですが、こうした読み手への配慮を欠くならば、添削を何度受けようとも、適切なビジネス文章を書くことなどできません。
課題をもう一度読み直し、自分が何を求められているか考えた上で、文章を全面的に書き改めて下さい。
②担当業務の説明
解答者(あなた)の担当業務の説明については、次のような視点を盛り込むことが可能です。
a)どのような点を工夫しながら、担当業務を遂行しているか。また、そのように工夫する理由はどこにあるのか説明する。
b)どのような失敗を避けるように気を遣って、担当業務を遂行しているか、また、その失敗が起きた場合に、所属部署や所属法人にどのような悪影響が出るか説明する。
c)仕事の喜びや達成感はどこにあるのかを、所属法人との関係から説明する。
解答者の所属する部署にも様々な立場の人がいるはずです。解答者が部下を持つ立場であれば、部下を管理指導することも業務の一部となるはずです。また、解答者が部下を持たない立場であるとしても、同部署内の他のメンバーとどのように協業する、あるいは、業務分担をしているかに言及できるはずです。このことで、「解答者の担当業務」が、「所属部署」の中でどのような位置づけになっているか明確になります。
現在の解答者の役職はわからないものの、職場内での地位が高くなると他の部署との業務連携の仕方を模索することで、働きやすく成果の出やすい職場環境を作ることも重要な役割になってきます。解答者が仮に現在管理職であれば、そうしたことも、積極的に答案に記したいところです。
③課題図書がある場合
昇進試験では、恐らく課題図書の内容を把握していることを前提にした出題がなされるはずです。課題図書の内容を正しく把握していないと、課題文の指示を正しく理解できず、出題意図と見当違いの方向に議論を進めてしまう答案を作成する危険があるので、この点には十分に注意してください。
なお、今回用意された想定問題と異なる形で、課題図書の内容に言及することが求められる可能性もあります。また、設問で直接課題図書に言及することを求めていない場合も、課題図書に示されている考え方を活かして議論を進める場合には、積極的にそのことを示すのが好ましいと申せます。こうしたことから、課題図書の熟読は、論文試験対策として極めて重要です。
④全社的状況と自部門との関係付け
設問は、答案作成の際に必要な要件を複数挙げていますが、答案の骨格となるのは、次の三要素の明示と、その相互関係を示すこととなります。
[大状況(の把握)- 課題(の設定)-具体的な行動計画(の提示)]
より具体的に説明すると、次の(1)~(6)の6つの項目を答案に盛りこむべきということになります。
(1)<「大状況」に関する言及> 中長期の視点に立ったときにみえてくる、御社に大きな影響をあたえる「非連続ビジネス」に相当するものが何であるのかを、指摘してください。従来の「連続ビジネス」とどのように異なるかを説明することが肝要です。
(2)<「課題」に関する言及> 「課題」設定にあたっては、全社及び所属部署の現場を見渡した上で、所属部門・組織が中心になって行うことが可能な「課題」を取り上げることが求められます。
(3)<「行動計画」に関する言及> メンバーとどのように目標を共有するかを示した上で、有言実行のリーダーシップと団結力を持った業務推進をどのように行うのかを説明してください。
(4)<「大状況」と「課題」の関係の説明> 取り上げた「課題」を解決することが、「非連続的ビジネス」への対応に貢献することを示してください。
(5)<「課題」と「行動計画」の関係の説明> 「行動計画」の実践により、取り上げた「課題」が解決される見込みであることを説明できれば、「課題」と「行動計画」の関係をうまく説明できたことになります。
⑤昇進昇格試験の採点ポイント
優れた小論文の条件
(ⅰ)設問の要求に的確に応えている。
(ⅱ)整理された形で議論が展開されており、論旨が一貫している。
(ⅲ)答案の内容が、踏み込んだものになっており、説得力がある。
(ⅳ)修辞が優れている。
まず、(ⅰ)について、提出していただいた答案は、設問の要求に的確に応えていると申せます。次に、(ⅱ)について、重要概念の関係が明確になっており、論旨が一貫しています。続いて、(ⅲ)について、制限字数を考慮すれば、十分に踏み込んだ内容の答案だと申せます。最後に、(ⅳ)について、答案の論旨を把握するのに読み手はそれほど手間取らず、実用上はほぼ問題ない修辞のレベルにあると申せます。
⑥正しい考え方が身についているか
よく練られた昇進昇格試験の設問では、採点基準が設問の中に書いてあります。ぜひとも、昇進昇格試験はこのようなものに違いないという固定観念に極力縛られないようにし、その時に与えられた昇進昇格試験の設問に真正面から応えるようにしてみてください。小論文は、暗記力が問われる試験ではなく、その場の対応力が問われる試験です。もちろん、正しく対応するためには、昇級する者にふさわしい能力を、あらかじめ身につけておく必要があるわけですが。
これまでの添削でも説明したように、答案を作成する際には、「設問に登場する重要概念や論点に触れること」と、「設問に登場する重要概念や論点の相互関係」を明確にすることを忘れないようにしてください。弊社WIEがこの講座で提供しているサービスは、この「対応力」を身につける機会の提供であり、添削コメントでは、設問に真正面から対応するための正しい思考の手続きを説明しています。
小論文試験に対して、何か秘密の呪文を暗記すれば、全てが解決するとの思い込みを持ったままだと、間違った対策や、遠回りの対策をして、不合格になる可能性が高くなってしまいます。「暗記力の重視」から、「対応力の重視」へと、パラダイム(=無意識的に適用している思考の枠組み)を変える努力をしてみてください。まずは、小論文が「暗記」だけで対応できるような楽な試験ではないと、観念することからはじめなければなりません。