Ⅰ 昇進・昇格とはどういうことか

昇進・昇格後は、仕事に対する考え方・姿勢もそれまでとは違ってきます。試験答案では、これが重要な評価ポイントになります。

①管理職の役割・仕事

 一般に管理職は個人としての担当業務だけではなく、部下を含めた部署全体の業務を指導・統括していくことになります。したがって、何らかの対策立案・提案をする際には、部署全体での行動を考えねばなりません。所属部署の人員・業務量を勘案した上で、実効性のある対策を立てるのです。またこの時、現状では能力的に不足であれば、増員や既存のメンバーに対する教育と言った、人材確保・能力養成まで考える必要があります。こうした部署全体を視野に入れていない場合には、「管理職として視点が低い」と評価されます。

 また、こうした自部署に対する指導・統括だけが管理職の仕事ではありません。これは見落とされる方が多いのですが、組織全体の中でご自身の所属部署が、どのように位置づけられているかを理解し、他部署との調整をすることも、管理職として重要な仕事です。例えば、営業部全体として新規市場の開拓という課題があったとしましょう。この時、営業部内で担当地区ごとに課が分かれていたとします。ここで、ご自身が課長として、従来の個人消費者向けから、新規市場として、企業向け・官公庁向けの受注の拡大をすべきだと、提案するのなら他課との業務分掌まで考える必要があります。

 例えば、ご自身が課長である課は担当地区を持たないことにして、全国の企業・官公庁をすべて営業対象とする、といった提案が可能でしょう。あるいは、地区担当制はそのままにして、課長たちが定期的に集まり、それぞれの担当地区で得た企業・官公庁向け営業活動の情報を交換する、といった方法を提案すべきかも知れません。いずれにしましても自分が課長を務める課の問題だけではなく、部内の他課との連絡や調整も管理職として重要な仕事です。

 最後に、こうした係同士、課同士といった、同格の部署間での調整だけではなく、より上位の指示を具体化する、という仕事もあります。例えば、売上○%アップといった目標が出された場合、自部署の中でどの部門をどうすればこれを達成できるか、上長から示された一般的な指示を、自部署の担当業務と照らし合わせて、具体的な行動にしなければなりません。これに伴い、現在の業務分担の見直しや、優先順位の変更なども考えることになるでしょう。逆に、自部署の問題を整理して、上長に報告・相談し、支援を仰ぐことも時には必要になります。

 以上見て参りましたように、(中間)管理職の役割は、部下に対するいわば「下向き」のものだけではありません。同格の部署間での連絡・調整と言った「水平方向」の仕事や、上長の指示を具体化し、また現状を報告・相談する、といった「上向き」の仕事もあります。もちろん、これら3方向の役割のうち、どれが重要かは、部署や立場によってさまざまです。場合によっては、水平方向の連絡/調整がほとんど不要なこともあるでしょう。しかし、ある方向での役割が高いにも拘わらず、それを無視または軽視した答案を書いたのであれば、管理職として不的確だと評価されてしまいます。

 技術職・研究職はもとより、営業職などでも優れた専門知識を持っているにも拘わらず、昇進昇格試験の成績が伸びない、周囲の評価が低いという方が少なくありません。その多くの場合が、ご自身が持っている専門知識が、部署全体、さらには御社全体の中でどのような位置づけであり、何を期待されているかを明確にできていないことが原因となっているのです。

②昇進・昇格後の立場で書く場合

 どのような役職を目指す方のための昇進昇格試験か明記していただいていないものの、「所属部門の方針の修正・変更」を求めていることから、これまでに解答者が用意された課題よりも、恐らく上位の役職を目指す方向けの課題であるでしょう。このことを踏まえて、採点基準をより辛めに設定して添削にあたっています。

 解答者にとって乗り越えられない要求と感じるのであれば、それは上位の役職にならないと手に入らない視野や情報を含んでいるからでしょう。上位の役職を目指すほど、それにふさわしい能力があるかどうか試す難しい出題内容となります。

 なお、この課題が実際に、解答者が次に目指す役職よりさらに上位の役職を目指すためのものであるならば、管理職として、部門の方針の変化を、部下と、周囲の部門の人々に理解してもらい、さらに、部下と、周囲の部門の人々の業務に臨む姿勢を変えさせるためにどうするか、といったことも、答案で言及すべき内容になります。上位の職権を得るに従って、自分自身が行動して直接成果を出すことよりも、周囲の人々をどのように動かすかということが重要な役目になるのです。

③部門の責任者としての視点

 部門の長は、決して気まぐれで、自部門の目標を定めているわけではありません。企業全体の目標を実現するために、自部門がどの部分を担当すればよいかを常に考えながら、目標を定めているのです。昇進昇格試験では、この素養・能力が受験者に備わっているかを試すために、頻繁に具体的な行動と組織目標(=企業全体の目標や、自部門の目標)の関連を説明させます。

 平社員であればほとんどの場合、上司の定めた業務命令に従うだけでなんとかなるのでしょうが、管理職として業務に従事するには、前例を見習うだけでなく、変化する組織目標に対応して、具体的な業務を柔軟に変化させる必要性を理解していることが欠かせません。

④他部門・他部署からの評価

 一般に昇進試験の採点は、受験者本人が所属する部署以外の人も参加します。自部署内では共通了解のある概念であっても、他部署の人間には理解できないものもあります。採点を外部に委託している場合には、特に注意するべきです。

 これは、受験テクニックとしてと言うより、昇進後の業務と関係があります。一般に、昇進後には社内外を問わず自部署以外との交渉が多くなります。そのとき、ご自分の専門分野に関する問題を、専門外の他部署にも説明できる能力が必要になります。この部分など、何がどのような方向に「厳格化」されたのかを述べなければ、解答者の判断は根拠不明と受け取られます。

⑤人材育成

 人材育成や、技術者の技術力向上に言及したいのであれば、例えば次の要領の論旨とすることが可能でしょう。

 (ⅰ)<「事業拡大と安定化」と人材育成の関係>【文例】 当社が事業拡大と安定化を実現する力強い組織となるには、当社の若手技術者が、将来当社が必要とするイノベーションや改善を自主的に行えるような高度な技術者に成長することが欠かせない。それにはベテラン技術者が、当社が所有する技術を若手技術者に確実に継承するだけでなく、自主的に業務に向かい、イノベーションや改善を実現する面白さを若手技術者が味わえる環境を、ベテラン技術者が用意することが肝要である。

 (ⅱ)<人材育成のための具体的行動>①<ベテラン技術者が、当社が所有する技術を若手技術者に確実に継承>→解答者が示した人材育成に関する具体的施策がこれに該当します。解答者の担当業務を、若手技術者に手伝わせるのが良い方法でしょう。②<自主的に業務に向かい、イノベーションや改善を実現する面白さを若手技術者が味わえる環境をベテラン技術者が用意>→これは、言うは易く、実践は結構大変でしょう。若手技術者にある程度の権限を与えて任せることと、若手技術者が失敗しても許容する職場環境を用意することが必要となります。上司は助けたくても我慢して若手技術者が自ら壁を乗り越えて成長をするのを待つ姿勢が、時には必要となります。ただしこれは、短期間に業務の結果を求める職場環境や、失敗を許容しない企業風土だと、実践しにくいと申せます。

⑥提案の効果を考える

 既に十分ご存じのことかと思いますが、経営の立場で新規事業に取り組むかどうかを判断する際には、「投資」と「リターン」の比較を行います。投資金額と比較してリターンが大きいことが予測されれば、その新規事業を採用すべきですし、一方で、投資金額と比較してリターンが小さいことが予測されれば、その新規事業を採用すべきではないということになります。

 確かに、現時点で詳細な「投資」と「リターン」の情報を提示することは難しいでしょうが、それでも出来る範囲で関連する情報を提示するように努力しないと、経営職候補(研究所長等の所属長)に昇進するのにふさわしい人材とみなされません。

⑦個人の経験を業務全体へ応用する

 今回提出していただいた答案は、過去のイベント(=エンジンの電子化)への業務上の対応に留まっています。管理職でない方はs、「過去のイベントへの業務上の対応」まで書ければ十分であるものの、管理職の立場にあれば、これだけでは今一歩もの足りません。

 なぜなら、管理職には、部下に対して自身の過去の経験を踏まえて、適切な指導をすることが求められるからであり、そのためには、「過去の経験から応用可能な形で学ぶ」ことが理想であると申せます。

 この「過去の経験から応用可能な形で学ぶ」を実現するには「過去のイベントへの業務上の対応」を、抽象化、あるいは一般化して、「今後起きるであろう新しいイベントへの業務上の対応の仕方」として整理することが理想です。

 また、このようにすることで、「エンジンの電子化」という過去のイベントに最も解答者が注目した理由を、読み手に説得力を持って伝えることができます。「エンジンの電子化」という過去のイベントにうまく対応できた経験は、その後に起きた社内外の環境変化に解答者が対応する際に、役立たなかったでしょうか?

 答案の最後の段落で、「エンジンの電子化」という過去のイベントに対応できた経験が、その後に起きた社内外の環境変化に解答者が対応する際にも役立ったことまでうまく説明できれば、管理職として出世するのにふさわしい人材とみなせる答案になります。

⑧日頃の問題意識

 昇進昇格試験の論文では、日頃から真面目に、職権にふさわしい問題意識を持って担当業務を行ってきたかが、文章に表れます。解答者は、考えを整理したり、文章を作成したりする経験は、まだまだ不足しているものの、日頃から真面目に問題意識を持って担当業務を行うという点では、優れていることが、読み手に伝わります。

 確かに、修辞の技術は、大切であるものの、それだけでは、合格答案は作成できません。一番大事なことは、日頃から真面目に、職権にふさわしい問題意識を持って担当業務を行うことです。あくまで、修辞の技術は、そうした日頃の取り組みを読み手にわかりやすく説明する方法なのです。「読み手に伝えたい内容」と、「読み手に伝える技術」の両方が揃ったときにはじめて、優れた答案を作成できるようになります。