合格者の添削例(九大)

匿名希望さん 九州大学法学部

・添削本文

添削例(九大)1 添削例(九大)2


・添削コメント

全体のコメント

基本的な修辞に問題が無く、この点評価できる答案です。ただし、合格圏に達しているとは、残念ながら評価できません。
その理由の第一点は、基本的な知識に不足があることです。民主主義、立憲主義とはどのような意味なのか、正しい理解ができていません。
第二点は、論理の構築が粗雑であることです。論文では、「AであればBといえる」のように、正しいことから未知の正しいことを引き出す思考を行うことが必要ですが、Aから必ずしもBが言えない場合は、論理として誤っていることになるのです。
詳しくは下記します、個々のコメントをご覧下さい。なお知識の不足については、高等学校の地歴・公民科(いわゆる社会科)の教科書を手に入れ、一通り読んでおくことをおすすめします。特に、「政治・経済」は、重点的に復習を行って下さい。


個別のコメント

a:課題文をふまえた論としては、不適切です。課題文で述べている「文化的多元主義」には、排斥されてはならない要素として、当然ながら「何をよいとするか」も含みます。
従って、解答者が「よい」としても、異なる文化に属する他者は、かならずしもそれを「よい」とはしないわけです。
従って、「受け入れないよりも受け入れたほうが国の状態がよくなるから」→「西洋起源の価値や主義を受け入れるべき」との、この答案での自説は、課題文の論理によって、間違いであると判定されます。
もしこの自説を、この理由で主張するなら、課題文の言う「文化的多元主義」が誤りであることを、論証しなくてはなりません。異文化に属する人々がいかなる価値観を持つにせよ、解答者の言う「よい」は、正しいのだと論証することが必要なのです。
言い換えるなら、この「受け入れないよりも受け入れたほうが国の状態がよくなるから」「西洋起源の価値や主義を受け入れるべき」との自説は、課題文を克服できていないと言えるのです。
b:前後のつながりが悪くなっています。文と文の間には、適切な接続語を補い、双方の関係を明らかにする必要があります。これは、関係が言うまでもなく明らかである場合を除いて、論旨明快な論作文の鉄則です。
c:段落を改める際の原則は、あくまでも「書き込んだ内容」=「書く前に頭の中で整理した視点や問い」が変わる箇所で入れる、と心得てください。無意味に改段するのは、読み手が文の論理を把握するのを妨げ、かえって有害ですが、文脈が大きく転換しているならば、躊躇せず改段することが必要です。
d:aと同様です。「無駄」かどうかを判定するのも、文化によって異なるはずです。
e:aと同様です。どのようになることを「発展」というかを判定するのも、文化によって異なるはずです。
f:事実認識に誤認があります。確かに「リベラリズム」については、敗戦後に導入されたと考えても、誤りとは言えません。しかし「立憲主義」は、大日本帝国憲法の成立を以て、そして「民主主義」は、普通選挙法の成立を以て導入されたと考えるべきでしょう。また、「人権」は定義が難しいですが、旧憲法が罪刑法定主義を取り、「臣民権利義務」の章を立てている以上、人権が「無かった」とは言えないでしょう。参考までに条文をいくつか挙げておきます。
第二十三条「日本臣民ハ法律ニ依ルニ非スシテ逮捕監禁審問処罰ヲ受クルコトナシ」
第二十五条「日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外其ノ許諾ナクシテ住所ニ侵入セラレ及捜索サルゝコトナシ」
第二十七条-1 「日本臣民ハ其ノ所有権ヲ侵サルゝコトナシ」
以下申し上げることが、添削者の誤解であってほしいものですが、ものごとを捉え、考える際に、おおざっぱな進め方をしているように感じられます。お手元に「おまけテキスト」が届いていると思いますが、今一度よく読んでおいて下さい。もしなければ、WIEのサイト「きりかぶ先生と満月君」に掲載されていますから、是非ご覧下さい。
g:論理破綻です。ここは波線部の理由を説明する形になっていますが、gから波線部は言明できません。
h:論理が誤っています。立憲主義に基づいて国政選挙が行われ、民主主義に基づいて「日本の派閥中心で汚職まみれの政治」を行う政治家が選ばれているわけです。つまり、立憲主義と民主主義が根付いているからこそ、「日本の派閥中心で汚職まみれの政治」が実現しているのです。
i:「これらの価値や主義を否定するのは誤りである」から、「これらの価値や主義を日本に根付かせるために、国は努力すべきなのだ」とは言えないでしょう。なぜ「国が」努力すべきなのか、説明が必要です。
j:aと同様です。どのようなものごとを「有益」とするかを判定するのも、文化によって異なるはずです。


以上、ずいぶん厳しいコメントになってしまいましたが、どうか誤解しないで下さい。論文試験とは、論理の優劣を争うものである以上、緻密で、正確な論理構築が求められるのです。

西早稲田教育研究所
担当 高田正継

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