添削例(実用論作文文章添削-昇進試験)2

W・D様

・添削本文

添削例(実用論作文文章添削-昇進試験)


・添削コメント

全体のコメント

*合格圏の答案にするため、以下の改善を行うと、本来ならば1200字を超えて書くべきですが、お申込は1200字ですので、再提出の際もこの字数に収めるようお願い致します。超過した場合は添削出来ませんので、あらかじめご承知置き下さい。
*規定の答案用紙記入事項をご記入下さい。ご記入がない場合、添削出来ないか、返却が大幅に遅れますので、あらかじめご承知置き下さい。

●残念ながら、設問の意図を取り違えたか、あるいはそれへの答えを用意出来ていません。設問の趣旨は、既存のものではない=新たな、独自の、そして有効な新人育成策を述べよ、というものです。しかし答案は、どこの会社でも何十年も前から行っている一般論・原則論を述べたに過ぎません。従って設問の要求を満たしていませんから、規格外=0点と判断されると思われます。
 改善の方針は、この設問の要求を満たした新人育成策を立てることに尽きます。それなしでは、いかなる論述をしようとも一切無効です。ゆえに、全面的な書き直しが必要です。

●設問の内容は以下の通りでした。「あなたの職場に新入社員が配属されました。当社ではOJT制度やBS制度といった育成の制度もありますが、高いモチベーションを持たせ早期に戦力化していくために、自分ならばこうするという指導・育成方法について述べて下さい。」
 ここから見て、まず文章を書く前に、「高いモチベーションを持たせ早期に戦力化」とはどのような状態か、具体的に定義する必要があります。その上で、この定義に合致する方策を考えねばなりません。それは、「OJT制度やBS制度」以外であることはもちろん、「どこかで聞いたような話」であっては失格です。すなわち、斬新であることが必要ですが、全く新しいものを考えることがどうしても困難ならば、OJT制度やBS制度を含む、既存のやり方の改善策でも、場合によっては評価される可能性があります。しかしこれは、一種のばくちであることを承知しておいて下さい。
 発案作業が済んだら、それについて↓の視点で検討が必要です。検討の結果、有効であると判断出来たら、初めて文章を書き始めて下さい。構成法については後述します。
 ともあれ、この手順を省いたままでは、いかなる努力も無効です。

・記述内容を実行するに際しての障害およびその克服法、時間的・人的・金銭的コストの調達法、費用対効果の検討、果たして効果があるかの検証、いずれをも欠いています。これでは「所詮人ごとと考えているのだね」と受け取られるしかありません。

・段落を改める際の原則は、あくまでも「書き込んだ内容」=「書く前に頭の中で整理した視点や問い」が変わる箇所で入れる、と心得てください。無意味に改段するのは、読み手が文の論理を把握するのを妨げ、文の評価を下げますので有害です。また文脈が大きく転換しているにもかかわらず、段を改めないのは、同様に有害です。
 なお1段落は150字程度とするのが効果的であると、経験的に分かっています。これは形式的な問題ではありません。この制限を課すことによって、適度に改段しつつ、無用な記述を行わないようになり、読み手に理解しやすい文章が書けるようになります。文章力向上のために、その効果は大きいですから、段落の字数をこのようにするようにしてください。

・実用文とは何か、その構造はどうあるべきか、理解がありません。
 実用文の種類は、大別すると解説文(報告文など。「○○である・○○であった」を伝える文)と、論説文(いわゆる論文。「○○であるべき・○○を行いたい」を伝える文)があります。両者共に最も優先されるのは、書き手の意図が十分伝わり、しかも読み手の読解が楽に行えることです。
 それを達成するには、①誰に、何のために、何を伝えるかといった、文の大目的がはっきりしていること、②伝える内容を書き手自身が十分理解していること、③文章が伝わりやすい構造を持っていること、以上3つの条件を満たさねばなりません。
 ①は、設問と照らし合わせて、ご自身でよく考えて下さい。②についても同様です。ご自身で、テーマについて、またそれに関連するご自身の業務について、よく思い出し、整理して下さい。
 ③について、読み手にわかりやすい文章の構造を作るには、A)文章に1本のストーリーがあること、B)視点が適切な量を持っていること、C)文(=概念)や段落(=視点)同士が適切につながれていること、以上3つが必要です。
 従って冒頭で「最も言いたい事」=自説を記す形にして下さい。字数が1500字を超える場合は、自説の前にそれを導く内容があっても結構ですが、自説は出来るだけ前で書き記して下さい。3000字を超える場合でも、3段落目までには自説を述べるべきです。この自説を述べた上で、どうしてそれが言えるのか(正当であるか)、こうした説明・論証を、冒頭に引き続いて述べていくのです。
 最初にまず自説を述べてしまえば、それに引き続く全ての記述は、自説の補足説明や論証になるほかありませんから、思いついた事を関連づけずに述べ、読み手を混乱させる心配が減少します。同時に読み手は、冒頭でこの文章の中心テーマを理解できますから、その後の記述を無理なく読み取る事ができます。
 この、冒頭で自説を述べる構造で注意すべきは、自説は1つだけ、しかも可能な限り短くする事です。文章に限らず、全ての作成物は目的を1つにしぼらないと、一発必中を決めることができません。ですからここはたったひとこと、長くても主部-述部をそれぞれ1つだけ持つ、1文でまとめなくてはなりません。
 さらに付け加えますと、自説以外の記述は、互いが適切に結びつけられ、全てが自説を理解してもらうことに役立っているのなら、特定の形式や事柄にこだわる必要はありません。なぜなら自説をどう立てるかは、書き手の自由であって、その数は書き手の数だけありますから、それを論証する視点も、固定する必要がないからです。
 次にBについて。書き手の自説を読み手が納得するためには、さまざまな視点からの説明や論証が必要です。その視点が何であるか、そしてそれが自説とどう結びつくか、こうした記述のまとまりは、日本語では150字程度がよいと、経験的にわかっています。従ってこの150字を1段落として、文章を構成するのが適切です。
 言い換えるなら、150字に足りない視点は内容不足なのです。その字数が埋まらないからと言って、回りくどい言い回しで埋めようとするのは、間違いであるばかりか、読み手のうんざり感をさそいます。ですから視点の内容についてよく考え、読むに値するだけの質=視点を説明する概念の量を、増やさねばなりません。
 逆に、150字を大幅に超えるような視点=段落は、まず無駄な概念が含まれていないか、無用な言い回しをしていないかを検討しましょう。これには漢語の知識など、簡潔な記述を導くために、十分な読書経験が必要です。それでもなお、収まらないなら、1つの視点を2つ以上=2段落以上に分けて説明すればよいのです。
 このように、1段落が150字である事がわかれば、文章を何段落構成にすればよいかもわかるでしょう。例えば文章の総字数が1200字という規定であれば、8段落構成になるはずです。このうち1段落は自説と、その補足説明あるいはどのように論証していくかの舞台設定で用いられますから、残り7段落が、視点の記述に用いられるわけです。
 最後にCについて。論旨明快な記述の基本は、概念が何を意味するか明らかであること、そして文と段落が、互いに適切な言葉によって結びつけられていることです。前者は書き手が対象をよく理解していればほとんど問題ないはずですが、後者は、意識的にそれらを結びつけるようにしなくてはなりません。
 これは、話が飛んでしまうことを防ぐ=文脈をつなぐために必須の作業です。前の文の主部または述部のいずれも扱わない文を書く際には、必ず前後がどうつながるかを示す、つなぎの言葉を入れて下さい。これは段落も同様です。ほとんどの段落では、直前とは別の視点=内容を述べるわけですから、この作業が必要になります。
 逆に言えば、つなぎの言葉を冒頭に付けられないような記述は、書いてはいけないのです。これは文章を思いついた順序で書くのではなく、ストーリーに従って書くためには必要です。つまりこの作業は、書き手の頭の中にある(もやもやした)話を整理し、誰でも読んでわかるような構造へと、変換していくことなのです。
 ここで言うつなぎの言葉は、いわゆる接続詞に限りません。例えばこの「解説」を見てください。各段落の頭に、前段落やそれ以前の段落とつなぐための言葉があります。その中には、接続詞でないものもあるでしょう。このように定型の接続詞にこだわるのではなく、何が適切な言葉なのか考える事が、文章力向上には必要です。
 以上をまとめます。
A:文章の冒頭で自説を述べること
B:1段落は150字程度にすること
C:文と段落の冒頭に、特に必要がない場合を除いて、必ずつなぎの言葉を付けること
…この3つに従い、再提出文を作成して下さい。

・この答案が競争の場に置かれる論作文であることを考慮しますと、大いに問題があるといえます。その理由は、この答案が、残念ながら「面白く」ないことです。面白い、というのは何も寄席のような話を指すのではなく、読み手の興味を引きつける魅力がある、ということに他なりません。
 一般的に言って、人は他者の文章を、好きこのんで読みはしません。これは組織人としての個人ならなおさらで、忙しい中で文章を読まなくてはならないというのは、かなりくたびれる作業なのです(ご自身を振り返って考えてみて下さい)。ただでさえそうであるのに、日本語として解読するのに困難を感じる文章や、一昔前の国会答弁のようなタテマエ論を読まされたら、これはほぼ間違いなく、読み手のうんざり・ぐったりを誘います。
 その点この答案は、読んで面白い文章とは言えないでしょう。残念ながら現状では、「どこかで聞いたような話」であり、「誰しも思いつき語りそうな内容」なのです。
 では、どうすれば面白くなるかと言うことですが、面白い文とはすなわち、「読んでためになった」=「ああ!こうすればいいのか!」という文章であり、「目から鱗が落ちた」=「ほぉそうだったのか!」といった文章なのです。極度に大げさなたとえを申し上げれば、明日までにオゾン層を完全に回復できる話や、飛行機から落っこちてなんとか無人島に泳ぎ着き、10年間そこで生き延びた上、ついに故郷へ生還した人の話がこれにあたります。これならば、よほどのひねくれ者でない限り、誰でも読みたがることでしょう。
 確かに、普段過ごす社会人としての生活では、ここまでの奇跡やドラマはありそうもありません。しかしここまで極端でなくとも、他の人々が気付かなかったアイデアや問題は、案外あり得るものです。ただしそれらに気付くには、普段の仕事の中で自己の業務を、誰でもない自己そのものの責務と心得て、アンテナを張り考えていることが必要です。逆に言えば、「定時まで椅子を暖めていればいい」「やらなくたって給料は出る」と考えていると、こんな事は考えようもない、従って書きようもないのです。
 昨今、企業・団体がその構成員、または志望者に対して、論作文を書かせるようになった理由は、ここにあります。つまり、いわゆる社畜と化した人々に法人を食いつぶされないよう、選別を行うためなのです。もちろん古い体質を持った組織には、かえってまともな文章を書く人をリストラする所もありますが、原則はこうなのです。すなわち、書く前には書くべき事・書いてみたいことがある必要があるのです。それは、読み手にとって役立つもの、読むに値するものでなくてはならず、また自分が、普段から用意しているものでなくてはなりません。
 もちろん、以上申し上げた「面白い答案」については、組織によってさまざまに評価が分かれると思います。内容よりも、体裁を重視する組織も当然あるでしょう。従ってご所属組織の雰囲気がどのようなものであるかを考慮し、ここで申し上げたことの適否をお考え下さい。


個別のコメント

a:無用の記述です。読み手をうんざりさせる要素のトップは、このように読み手自身も十分知り尽くしていることを、わざわざ書くことです。読み手が文章にうんざりしてしまうと、最後まで読み取ろうとする気持ちをなくしがちです。その結果、高い評価を得ることなど期待できなくなってしまうのです。
 読み手も知っていることを書くのが許されるのは、自説の論証のため、あるいは論証の補足説明のためのみです。自説にも論証にも役立たない記述は、論作文の中に一切あってはなりません。
b:持って回った表現です。簡潔に述べることが出来るにもかかわらず、わざわざ無意味な記述を連ねるのは、文の印象を大きく損ないます。これは、本来書くべき自分の主張や意見、またその論証が足りないために、無用な言葉を入れておいただけ、との印象を読み手に与えかねません。書くべき事柄は必要なだけ書き、無くてもかまわない=文意が変化しない事柄は一切書かない、これは論作文の大原則なのです。
A:当たり前のことであり、取り立てて論じる価値がありません。
c:とってつけたような表現です。このことがらを述べたいのであれば、かっこの外に出し、分量を取って正しく論じるべきです。「思いついたままに、適当に、なりゆきで」文を書くとこうなります。下書きならそれでよいでしょうが、誰かに読ませるための文章では、かっこ内のままでは印象を悪くするだけでなく、論旨を混乱させるもとです。
d:文脈がとぎれています。適切なつなぎの言葉(文法用語に言う「接続詞」だけではありません)を用いてくっつけることが必要です。観念(=「これを書こう」という思いつき)は他の観念と関連づけませんと、概念(=他の思いつきと結びつけられた、文中で取り上げたものごと)にはなりませんが、文もこれと同じで、おのおのの文が適切に結びつけられていなければ、文章にはなりません。従って、前の文あるいは段落と、後の文あるいは段落がどのような関係になっているかを、つなぎの言葉を用いて読み手にわかりやすく説明しなくてはならないのです。
 例えば、「今日は快晴だ。収入印紙を買う」という2つの文は脈絡がなく、文章とは言えません。しかし、「今日は快晴だ。(先日申請したパスポートを受け取りに行くには都合が良いので、そのための)収入印紙を買う。」ならば、2つの文の関係が見えるようにつながっていますから、文章といえるのです。
 このように、文同士、段落同士が適切につながって、一連の流れがあることを「文脈がつながっている」と言いますが、達意の文となるにはこの作業が不可欠なのです。
 そもそも、すべての文(文章内の各一文)、ならびに段落は、必ず直前もしくはそれ以前の記述と結びついていなくてはなりません。これを軽々に考えないで下さい。自分がわかっていることと、読み手に読み取れることとは、全く異なります。同時に、読み手に読み取れるよう記述を整理し、配置することが、とりもなおさず状況の整理=自分で理解すること、にほかなりません。読み取れないような文を書くということは、自分でも、そのものごとを正確に把握できていないことを意味するのです。
e:言い逃れ、または無責任と受け取られる表現です。実用文では、確信を持って言えないことは書くべきではなく、確信を持てるまで十分考えることが必要です。

以上です。コメントを参考に、再提出して下さい。


WIE西早稲田教育研究所
高田正継

・メンテナンスは終了しました。 (2017/8/15)  ≫詳細