添削例:慶応大学(SFC総合政策学部:2019年)

●この年度の慶應大学総合政策学部の小論文試験では、「問題の発見・分析」の能力を中心にして、受験生の能力を試しています。

●提出していただいた答案を拝見しました。まず問題(1)については、挙げるべき資料を挙げていないことから、減点される可能性があるものの、問題(2)・(3)・(4)については、概して優れた出来映えです。解答者は、確実に小論文作成能力を向上させていると申せます。
 以下では、答案に沿ってコメントします。

■ 答案に書き入れました赤字が改善すべき点です。abc……の記号に対応するコメントは下段に記入してありますので御参照ください。記号のない箇所については、単純な誤記や分量調節のためのものです。

設問(1)

(解答本文は省略)

(添削コメント)
  10のリスクと関連する資料を挙げることが、求められています。それぞれのリスクに対する認識次第で、取り上げるべきか迷う資料が複数あるので、明確な正解がない印象があります。大学の採点基準を知りたいところです。
ただし、関連が薄くても、関連づけできる資料と判断した場合は、なるべく答案用紙にその資料番号を記載するべきだと思います。なぜなら、それにより資料を丁寧に読んで考察したことをアピールできるからです。
 提出していただいた答案で、選択して書き込んだ資料名については、リスクとの関連が強く適切なものと申せます。以下では、解答者の書き込んだものに加えて、私ならどのように書き込むかを説明します。なお、私が示すものが、大学側が設定する採点基準で、全面的に正解になるとは限らないので、この点はご了承ください。

資料A:サイバー犯罪の検挙数に関する資料です。サイバー犯罪による盗難は、不正取引・組織犯罪・不正行為等を含む、「不正経済」のリスクと強く関連しています。

資料B:世界の水資源利用に関する資料です。「水」に言及していることから、私なら「水、食料、エネルギー」のリスクに盛り込みます。

資料D:難民の増加を示す資料です。難民となる理由として、その国にいると、戦争や紛争により生命の安全が確保できない場合もあれば、経済的な豊かさを求めて、他国に逃げる場合もあります。
 前者の難民の原因となる戦争や紛争は、国連軍やPKO等の国際組織の介入により鎮静化可能な場合もあることから、国連軍やPKO等の仕組みが機能不全に陥る、「グローバルガバナンスの破綻」が関与していると考えることが可能です。
 後者の難民(経済難民)については、その背景に「(国家間の)経済格差」があると申せます。

資料E:栄養不足人口の地域別割合を示した資料です。中国やインドのように、人口の多い国で栄養不足の人たちが多いことを踏まえると、「人口動態の課題」が関与していると判断することが可能です。

資料G:この図では、いろいろ問題の相互関係が示されています。図で言及されている項目と関係するリスクをすべて挙げていくと、「経済格差」・「グローバルガバナンスの破綻」・「水・食料・エネルギー」・「人口動態の課題」・「資源安全保障の問題」となります。

資料I:安全な飲料水にアクセスできる人口割合を示した資料です。その国に、安全な飲料水があっても、人口が非常に多いため、安全な飲料水だけでは、飲料水が不足してしまう場合があります。この場合、やむを得ず安全ではない飲料水を利用することになります。このように考えると、「人口動態の課題」も関係していることになります。

資料J:世界株式市場と経済政策不確実性指数のグラフです。経済的に脆弱な地域(アジア・ロシア・ギリシャ)は、好景気になると世界の投資マネーが集まる一方で、不景気を察すると急速に世界の投資マネーが逃げて、金融危機の発端になります。この背景に、「(国家間の)経済格差」と「マクロ経済の不均衡」を挙げることができます。

資料K:食料供給の偏りを世界地図で示しています。食料に言及していることから、必ず「水・食料・エネルギー」に盛り込みたい資料です。
 人道支援の関連から、国際機関が食料援助をすべきなのにできていないと考えれば、「グローバルガバナンスの破綻」も含めることができるでしょう。また、その地域の食料生産力と比較して人口が多すぎると考えれば、「人口動態の課題」が関連すると考えることは可能でしょう。

資料N:世界の核弾頭保有状況に関する資料です。核弾頭は、大量破壊兵器にあたるので、必ず、「大量破壊兵器」のリスクに盛り込みたいところです。なお、国際的な協力で核軍縮を進めるべきなのに、できていないと考えれば、「グローバルガバナンスの破綻」が関連すると考えることは可能でしょう。

資料O:永住移民流入数に関する資料です。労働移民は、より経済的に豊かな生活を求めた移民なので、「(国家間の)経済格差」が強く関連します。

資料P:世界のエネルギー自給率と一次エネルギーの輸出を、世界地図で示しています。
「水・食料・エネルギー」及び「資源安全保障の問題」と強く関連しています。

資料Q:石油・原油・天然ガスの地域別の生産と消費に関するグラフです。「水・食料・エネルギー」及び「資源安全保障の問題」と強く関連しています。


設問(2)

(解答本文は省略)

(添削コメント)
  答案の内容としては、文句なしの合格答案です。以下では、修辞(文章表現)の問題に限定して、コメントします。
A 漢字を盛り込んで正しく表記すると、「にも拘わらず」となります。ただし、このように表記すると読めない方も多いので、ひらがなで「にもかかわらず」と表記することをお勧めします。

★この設問については、修辞(文章表現)を修正して再提出する方法が一つです。もう一つの方法は、「経済格差」以外のリスク、具体的には、「サイバーセキュリティ問題」か「人口動態の課題」について論じた別解を作成して提出されても構いません。
 どちらを選ぶかは、解答者にお任せします。

★★この設問は、資料を活用して議論を構築する能力が試されています。本年度の設問の中では、最も難しい設問であるものの、これまで過去問を解いていた解答者にとっては、それほど難しくない設問だと言えるでしょう。


設問(3)

(解答本文は省略)

(添削コメント)
合格答案であるものの、知識が少し古いので、減点される可能性があります。

A 完全な間違いではないものの、テロリストの場合は、「(非合法)活動」と表現するのが一般的です。

B 各国でのIS鎮圧作戦が成功し、IS自体は、相当弱体化してきています。このことから、この記述は、知識が少し古いことになります。ただし、テロ問題をリスクとして挙げること自体は、問題ないでしょう。設問には、「現在の世界でリスクとなっている事例」とあるのですが、現在の範囲を長めの期間に解釈して説明すれば、良いでしょう。

【答案例】
 現在の世界のリスクとして、テロ問題を挙げる。テロ組織がISとして国家樹立を宣言し、中東の広範囲で猛威をふるったのは最近のことだ。確かに、軍事的な掃討作戦により、ISの活動自体は沈静化に向かっているものの、中東には、過激なイスラム主義を信奉する者も少なくなく、また、米国の覇権主義を快く思わない人々が多い。こうしたことから、テロの潜在的リスクは増加したままである。

★再提出時には、「テロ問題」で書き直すか、あるいは、別の問題を取り上げて議論するか、どちらかを選択してください。

★★この設問では、(世界の)社会問題に関する関心の有無が試されています。


設問(4)

(解答本文は省略)

(添削コメント)
設問の指示する手続きに従って議論していることから、合格答案だと申せます。

★この設問では、設問の指示に従って、理路整然とした議論を構築する能力が試されています。知識の深さや詳しさは、それほど重視されていないはずです。
 視点を変えた別解を作成されても結構ですが、少々難しいかもしれません。この設問については、無理に別解を作成して提出する必要はありません。

 以上のコメントとテキストの解説を参考にして、答案を修正してください。
再提出の答案を、楽しみにお待ちしています。