間に合うか不安

「間に合う」とは?

問題を整理してみましょう。ここで言う「間に合う」とは、試験本番で合格点を取ることです。合格点を取るためには、合格するような水準の学力が備わっていなければなりません。
従って「間に合う」とは、「合格する」を言い換えたものにほかなりません。では合格するかどうか、誰に聞けばわかるのでしょうか?
唯一その可能性があるのは、採点する大学(ビジネス論文の場合は人事担当者か出入りの採点業者)ですから、本当に答えが知りたければ、大学に聞くほか無いわけです。しかし大学側も、その問いには答えられないでしょう。
仮にWIEにお問い合わせいただいても、事情はほとんど変わりません。WIEが合格判定を行うわけではないのですから、「それはわかりません」とお答えするほかないのです。

「不安」とは?

この、本質的に誰も答えようがない問いに、答えを欲するから、「不安」になるわけです。
WIEとしては、「はいはい大丈夫ですよ」と申し上げたいのは山々ですが、それではかえって、お客様の役には立ちません。一時的に不安を麻痺させることはできても、現実に学力がつかなければ、何の意味もないからです。
しかも人間は、それほど愚かな生き物ではありませんから、本質的な解決になっていないことは、やはりどこかで気づいています。従って一時的な安心も長続きせず、いずれ不安がぶり返します。あるものはある、無いものは無い、それを認めない限り、物事の解決は始まりません。

「不安」の解決とは?

合格するための水準はわかっている、そして現在持っている学力水準もわかっている、ならば不安の解消とは、その差を埋めるよう、地道に勉強することでしかありません。
大きな困難に向き合ったとき、不安がって時間を浪費するのは、人間の心理的防衛反応として珍しいことではありません。これは、一種の陶酔(酔っ払うこと)によって精神の苦痛を和らげようとする行動です。しかしいつまでも酔っ払っているわけにはいかず、酔っ払っていても、試験当日はいやおうなくやってきます。
もし、本当に受かりたいなら、一刻も早く酔いを覚ますことが急務でしょう。そしてたとえ1問でも問題を解き、学ぶことです。わずかであっても勉強は、やればやっただけ確実に力がつきます。その意味で、何かと無駄になりがちな人間の努力の中で、これほど無駄にならない努力は珍しいのです。

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