時代の追い風

それでも僕らは生きねばならない。だから僕らは学ぶのだ。*

これはWIEの新しい標語です。
何を甘っちょろいことを、しらじらしい、偽善も甚だしい、と思われるかもしれません。
しかし、偽善でもいいから善をなせ、これはWIEの決意でもあるのです。

話を戻しましょう。
確かに、試験も勉強も、つらく孤独な作業です。
しかしこの時代、試験という競争に乗るのは、時代の追い風を受けることでもあるのです。

ほんの少し前まで、試験には不正がともなっていました。今もそうかもしれませんが、かつてと違うのは、不正がきわめてばれやすくなり、関係者がそれを恐れざるを得なくなったことです。

この稿を書いているまさに今(08.07)、大分県の教員採用汚職事件が取りざたされていますが、こんなことは実は、みんなうすうすわかっていたことでした。
これはたとえば、WIEスタッフの高田にも経験があります。かつて某最難関国立大学の大学院入試をうけたとき、実は合格者ははじめから決まっていて、コネがなければ試験は無意味だったことを思い知らされたものです。

しかしこうした不正がまかり通らなくなったのは、実は時代の困難の元凶として、先に挙げたIT化と競争の激化が理由です。
ITの発達は、情報を抱え込んでおくことを不可能にし、また力なき者が容易に声を上げることを可能にしました。
競争の激化は、他者の不正に対してきわめて不寛容な風潮を生み、「まぁしょうがないか」では済ませてもらえなくなった管理者は、どこか、常に、おびえざるをえなくなったのです。

毎日毎日、胸を痛めるようなニュースが報道されることの裏に、これまで見過ごされてきた不正や欺瞞が、簡単に発覚するからくりが整ってきたことを、認めないわけにはいきません。
すなわち試験は、以前と比べて、ずいぶんと「まとも」に運用されるようになったのです。


*WIEのTOPページのFLASHに、ドイツ語で表記してあるのがそれです。
Trotzdem mussen wir leben, deshalb mussen wir lernen.
(トロッツデム ミュッセン ヴィア レーベン、デスハルプ ミュッセン ヴィア レルネン)
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