今という時代

つらさの意味が変わった

これまでは、人並みにやっていれば人並みに食べていけた。
人並み以上に努力すれば、人並み以上になれた。
でも今後は、人並み以上にやって、やっと食べていける時代がくる。


…これはWIEスタッフの尊敬する、ある経営者が、何十年も前に言った言葉です。
当時は右肩上がりの時代で、その場でこれを聞いていたなら、なんとクラい話をするんだろうと、まともに受け付けなかったかもしれません。

しかし今、この経営者の言葉は、現実になってしまいました。

今皆さんは、試験であれ、受験であれ、論文執筆であれ、大きな困難に立ち向かおうとしていますが、その困難が持つ意味は、かつての時代とはかなり異なっています。

と言うのも、たとえば大学受験なら、一度その関門を突破してしまえば、後は比較的、安楽に、平穏な人生を送ることができたからです。

しかし今はそうではありません。
ただ企業に居残り続けるだけでも、何度も何度も選別され、もし選ばれなければ、つらい立場に追いやられてしまうのです。
かつて試験とは、意欲ある者が、より高みに登るために受けるものでしたが、今では意欲があろうと無かろうと受けざるを得ない、そしてそこで勝たねば、当たり前の生活さえ、難しくなってしまったのです。


社会というからくりの劣化

今の困難は、このような競争に追い立てられるつらさだけではありません。競争するからにはそれに備えるため、せめて普段の生活だけは安心して過ごしたいものですが、これまで当たり前と考えられてきたことが、今の社会では当たり前ではなくなりました。

たとえば、地方にお住まいの方にはなじみがないかもしれませんが、大都市圏の電車には、現在では女性専用車が設定されています。
これまで、ぎゅうぎゅう詰めに押し込められながらも、何とかがまんして通勤通学できたのは、今隣り合った人が、何も危害を加えないという確信があったからでした。それは無意識の、当たり前のことでした。
しかし今、そうではなくなったからこそ、鉄道会社はこのような手だてを打たざるを得ないのです。

電車ばかりではありません。全面的に信用することが前提の公的機関が、実はとんでもないことを内部でやらかしていることは、年金問題や薬害エイズ事件で明らかになりました。

その影響でしょうか、お金を払ったのに商品が届かなかったり、手続きをしたのに迷惑メールが止まらなかったり、少しでも油断していると、大変な目に遭うことは、皆さんも経験したことがあるかもしれません。
この社会は、今世紀に入ってから、あきらかにほころびてきたのです。


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